PSI Vol.1, No2 September 1976 An article pp.30-31,41.
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真理にもマイナスの領域がある
坂元邁
Tsutomu Sakamoto
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1. 真理のマイナス領域
サイ現象を科学的に究明するのが本会の目的であるが、視点をかえて定説とされている真理を科学の領域論に雌を入れないと、文明社会の破綻現象との関連が判明しない。
そこで前号にマイナス科学説を述べたわけだが、実は科学の対象である真理にもまたマイナス領域がある。
真理を客観できるものとできないものに分けてみると表のようになると思われる。
精神・心は生命が持っているもの。物質は放置すれば風化し破壊していく生命は放置すれば自ら養分を摂り増殖していく。
この表で判るのは「創造は見えない」ということであって、この数百年「破壊の科学」専門にやってきたことになる。
スプーン曲げのとき高速度撮影をしても曲がる瞬間が捉えられないのは「創造は見えないからだ」という意識があったろうか。
生命、精神、心は客観できないが科学者といえども「見えないからあり得ない」とは言うまい。あらゆるものにプラス・マイナスがあるのに真理にプラス・マイナスがあることに気付かない方がおかしい、それこそ科学的でない。
宇宙の全ての現象は客観できても全て科学できるとすると、真理は図のように考えることができる。精神文明自体は科学ではない。精神文明を生み出した物理的原因の世界をさしている。
真理にプラス・マイナスがあることが理解いただければ次にマイナス領域はマイナスの科学でなければ進歩が遅い。
棒磁石を例にとって説明すると、左がマイナス、右がプラスとする。この性質は鉄の分子個々がマイナス・プラスと左右に整列しているからに外ならない。
この磁石を全ての真理と仮定すると分子は或る一つの事実と例えることができる。この磁石を右から見れば全ての分子はプラスであり、真理の全ては科学の対象である。しかし、左から見れば全てマイナスの科学の対象でもある。(前号参照)
事実という分子のプラスは科学でマイナスを宗教と考えずに、プラスは事実を内へ追求する科学、マイナスは事実を外へ集積する科学と改め、この磁石のプラスが客観できる世界(物質、破壊、肉体)であり、マイナスが見えない世界(精神、創造、生命)と理解したい。…
Received : July 1,1976