PSI Vol.4, No3 March 1980 Foreword pp1.
 巻頭言

実藤氏1980年代のサイ科学
“Psi Science in 1980s"

さねとう とおし
実藤 遠

 1980年代はイラン、アフガニスタンの国際動乱で幕を開けました。自然の異変としては、惑星直列やハレー彗星がひかえており、1990年代にはノストラダムスの大予言の年がやってくる、というように、やがて来るであろう21世紀の新人類の開花を前にして重苦しい世紀末の気配がみなぎっています。
 1970年代のオイルショックや有限の宇宙船地球号というエコロジカルな発想は、無限に膨脹を続ける近代の終焉をはっきりと指示しました。心ある人は21世紀の新人類として生き残り、新たな人類史(その時は宇宙人として宇宙史)に参画しようとしています。サイ科学の研究はそのための創造、発展への未知のエネルギー探究であるべきです。
 最近読んだ本で感銘をうけたのは、F・カプラ『タオ自然学』でした。数式を使わずに現代物理学と東洋思想の関連を生き生きと述べています。(タオとは老荘のいう“道”)
 カプラは古典的・機械論的な世界観は「硬くて、分割できない粒子」の概念を基盤としていましたが、現代物理学の粒子は、つぎつぎに変化していくダイナミックなエネルギーのダンスによる、全体的調和によってできた織物のような(東洋の有機体的でエコロジカルな)自然像を明示しました。
 このような東西知性の融合こそは、かけ橋に位置する、われわれ日本人の使命です。私もささやかな試みですが、“宇宙論的未来学”でそれを志向しています。宇宙から人間(自然)・素粒子を結ぶ統一理論を宇宙的な視野から展望し、また科学・宗教とサイ科学の統一哲学をめざしています。機械論的な近代合理主義と訣別し、宇宙大生命と自己の生命が合一しなければ科学には行詰りが来ます。
 大は宇宙から、人間、素粒子に共通している要素は、大宇宙生命の発動であるエネルギーと物質と想念(意志・志向)から成っていることです。エネルギーと物質との関係は、原子では電子と核子、人間では霊魂(精神)と肉体、哲学では形相と質料、現代物理学では弱い相互作用・電磁相互作用と強い相互作用というようになります。エネルギーは宇宙では光、創造、膨張を担当し、物質は収縮を担当し、最期にはブラック・ホール(貪欲・自滅をいみします)となります。
 しかもエネル、ギーも物質も根元は、宇宙の基本粒子(今日の素粒子とは比べものにならない微小なもの)の密度の違いに過ぎませんが、働きは全く異なります。山本洋一氏はブランク常数 h(これから導かれたのが宇宙の基本であるエネルギー粒子)から計算すると、一秒間あるいは一立方センチに2.23×1023コ以上集中して固まった状態が物質で、それ以下の集中が光速度で流動する電磁波であるといっています。
 宇宙は相対性理論でいっている時空四次元だけから成り立っているのでしょうか。時間と空間のほかにエネルギーと想念(こうなりたいという志向)が合致しなければ、小は素粒子から大は宇宙までの現象は起りません。従来はカラと思われてきた“真空″も、限りない粒子が絶え間なく生まれたり消えたりしている“生ける空″であリ、生成と消滅の限りないリズムの脈動の場だといわれています。釈尊のいう“空″の理解は、この汲みどめもつきせない“真空″の解明から始まります。
 現代物理学が英知とか意識に注目してきたことは近代合理主義や機械論的思考が破産し、新しい世界観を時代が要求していることをいみしています。何の苦もなく万物万象を創造する神(宇宙の根元)のみわざ(愛)に想いをいたし、未知のサイ・エネルギーや英知、霊魂の問題までも含めた科学・宗教・サイ科学の統一理論を作りたいものです。

The museum of kokoro science
PSIJ