PSI Vol.41, No.1 December 2019 Data 1i. pp.68-70.
世のため人のため自分のため
アワの食卓主宰、ヒーラー 大石 陽子*

Abstract
<はじめに(目覚めのプロセス)>
 40年ほど前、次女の病死、さらに子育ての真只中に、産婦人科クリニックを立ち上げ、
入院食の対応をはじめ運営にも関わる。過酷極まる忙しい毎日で、精神的に追い詰められた
日々が続く中、不思議な意識の変容を体験する。

 夜寝るときに目を閉じると、大きな目に見つめられたり、不思議な映像が出てきたりして怖くて寝られない。
お墓では背中に静電気が走ったようにざわつく、後ろに気配を感じる。これらの現象が頻繁に起き、
自分はどうかしてしまったのかと不安になった。

 当時は精神世界の情報が今ほどなく、書店に並ぶ仏教関連の本や心理学の本を手当たり次第に読みあさるが、
納得できるものはなかった。

 ある日、親戚のところにきた「観る人(今でいう霊媒師)」と出会いがあった。
「婚家の先祖」や「私の守護霊」や「箱根権現の万願上人からメッセージ」を授かる。
初めての経験に驚く私に、
「あなたは霊導が開かれています。頭の後ろに金色のオーラが、まだ色は薄いのですが確かに見えています。
これからも修行しなさい。」
と言い、その足で、箱根にある万願上人のお墓に連れて行かれた。

 また別の日、電車の中で隣に座った女性が、過酷な毎日で疲れ切った私の背中に手を当て、
「疲れていますね。」
と話しかけてきた。私は嘘のように元気になり、聞くとその人は行者さんで、
「あなたも同じような力があるから、家族や身近な人にやってみてご覧なさい。」
と言った。試しに家族、知人にエネルギーを送ると、面白いほど皆が皆、回復する。
夢中になり手当たり次第やっているうちに、気がつくと、生気を吸い取られたかのように、
私自身のエネルギーが消耗した状態になってしまった。

 その夏、子どもの頃よく連れられて、真言宗のお寺に実家の両親と久しぶりに出かけた。
仏像の設置工事をしていた境内に近づくと、首に数珠をかけた坊主頭の男性に声をかけられ、
「祈願のお札を書いてください。」
とお札を渡された。その男性は
「今朝、仏様からのメッセージを授かった。今日は4人の人と縁ができる。先程一人見えた。次はあなた方です。
3本残っています。(私と両親)これは仏像の下に奉納します。」
と。男性は元々高校の美術教師。ある日突然、不動明王が現れ、その後不思議な能力に目覚めていった。
教師は早期退職し、四国88カ所を巡る中で、
「仏像を作って奉納するように」
と導かれ、現在3カ所目だと…。その教師から
「今は子育てが優先だ。人助けはその後からだ。」
と指摘された。

 8歳で3人の子供を引き取り、離婚。以後子育てに専念する。40代半、子育後の人生を模索し始めた頃、
老人終末医療クリニックの依頼で入院食の指導をする。産婦人科での「人の誕生」、終末期クリニックで「人の死」。
この体験を通して、死生観が「死から生を見つめて生きる」に変わる。
「(生き様)=(死に様)」を実感する。
更に、西洋医学から予防医学、ホリスティック医学、波動医学、そして代替療法などへ関心が移り、
「身体・心・魂」の癒しをテーマに研究していくことになる。

 さらに子育てが一段落した頃、ホリスティック医学の養生施設にスタッフとして呼ばれ、
施設住み込みでマクロビオティック料理を中心に運営に携わった。休日返上で夢中で働き、
過労と長年のストレスが重なり、ダウンしてしまう始末。緊急入院となりやむを得ず西洋医学の処方を
受けることになった。

 退院後も病気に対する不安から通院療法を続けるが、次第に薬漬けになっていく。恐怖から逃れるため、
転地療養を決心。独り自然の中に転居して、玄米菜食の食事療法と温泉療法で克服した。
約5年間の療養生活は、自分を見つめ直す時間でもあった。

 更に断食道場に縁があり、ゲストのサポートを行い、ファスティング(断食)はじめ、薬草料理などを学ぶ。
「入れる(薬物)医学」から、「出す(断食)医学」にたどり着く。
腸造血説に基づく、腸をきれいにすることの重要性を学んだ。

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